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東京高等裁判所 平成6年(く)77号 決定 1994年4月11日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、付添人長谷川武雄、同延命政之連名の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

抗告の趣意第一(法令解釈の誤り及び事実誤認の主張)について

一  所論は、要するに、原決定は、少年に被害者Aに対する未必の殺意を認定しているが、右認定の前提となっている事実、すなわち、少年が被害者の胸、腹辺りを狙って攻撃に出た、勢いよく被害者にぶつかるようにして突き刺したとの事実はなく、少年には未必の殺意は認められないのであって、原決定には重大な事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、関係記録によれば、少年に被害者に対する未必の殺意があったことは優に認定することができ、原決定が(少年及び付添人の主張に対する判断)で認定、説示するところも正当として是認することができ、原決定に所論指摘の事実誤認があるとは認められない。

すなわち、関係証拠によれば、少年は、被害者ら中学生七名に取り囲まれて杉山ビル玄関前の通路に連れ込まれ、被害者らから背中を殴られたり足を蹴られたりする一方的な暴行を受け、その間、身を屈めるようにし、両腕を顔の横に上げて頭や顔を防御するだけで、何の抵抗もすることなく、一、二度道路への出口の方に突っ込んで行って逃げようとしたが果たせず、やむなく所携のナイフを取り出し、身を屈めたまま前にいた中学生の足を目掛けてナイフを突き出したが、かすめた程度に終わったこと、そこで、少年は、ナイフを振り回して体を半回転させたが、ナイフを持っていると言ったり、あるいは、ナイフを示して威嚇したものではないこと、その直後、すぐ前から被害者が今にも殴りかかろうとしているのを目にし、それまでの被害者の言動に対する腹立ちもあり、やられる前に刺してやれと、すぐ目の前に立っている被害者の上半身目掛けて、ナイフを持った右手の脇を締め、被害者の体にぶつかるようにして前に出て、ナイフで被害者の左胸部を突き刺したことなどの事実が認められる(なお、少年は、付添人による事情聴取に対しては、被害者の顔辺りにナイフを近付けて被害者を威嚇して逃げようとしたところ、予測に反しナイフが被害者の胸に刺さってしまったと、所論に沿う供述をしているが、その内容は、刺突行為の態様と攻撃の意図の有無の点で少年の捜査官に対する供述と食い違っている上、被害者の仲間であるE、Dの捜査官に対する各供述とも符号しないこと、関係証拠により認められる被害者の創傷の状況等から推認される刺突の態様、程度とも符号しないことなどに照らすと、到底措信することができない。)。右認定の少年の刺突行為の態様と攻撃の意図並びに関係証拠により認められる右ナイフの形状、機能、被害者の創傷の部位、程度等にかんがみると、少年は、瞬時のうちにも、自らの刺突行為により被害者の生命に重大な危険をもたらすかもしれないことを認識しながら、これを認容していたことを十分推認することができ、少年には被害者に対する未必の殺意があったことは明らかであるというべきである。

所論は、少年は、当時、心理的にも時間的にも空間的にも追い詰められて余裕がなかったのであるから、ナイフでもって被害者の身体の枢要部を攻撃することについて認識は可能であったが、認容するか否かの選択の自由は失われていた、と主張し、少年も、捜査官に対し、殺すつもりはなく、また、被害者が死ぬことまで余裕がなくて考えなかったと供述している。しかし、少年が、当時、心理的にも時間的にも空間的にも追い詰められた状況にあったことは、関係証拠上認められるものの、そうであるからといって、ナイフでもって被害者の身体の枢要部を攻撃し、被害者の生命に重大な危険をもたらすかもしれないことを認容する余地が失われていたといえないことはいうまでもないことであり、所論は採用の限りでない。

論旨は理由がない。

二  所論は、要するに、原決定は、盗犯等の防止及び処分に関する法律(以下「盗犯等防止法」という。)一条一項の適用については、法秩序全体に照らしてみて許容されるべきものと認められる場合に限るとするが、同条項は、刑法三六条において防衛行為の相当性が欠けるものであっても、これを正当防衛行為と評価する旨定めたものであり、著しく不相当でない限り違法性は阻却されると解すべきであり、この点で原決定には法令の解釈の誤りがあるし、また、相当性の判断に当たって具体的状況その他諸般の事情について事実誤認がある、少年の本件行為には、盗犯等防止法一条一項の正当防衛が成立するし、刑法三六条一項の正当防衛も成立するのに、これを否定した原決定には法令の解釈の誤り及び事実誤認がある、というのである。

そこで、この点につき検討するに、盗犯等防止法一条一項の解釈適用については原決定の説示するとおりであるが、仮に所論のように解釈したとしても、関係証拠によれば、被害者らは少年から金員を奪い取るあるいは脅し取る目的で、少年に難癖を付けて前記杉山ビルの通路に連れ込んだものであり、少年に対し執拗かつ一方的に暴行を加えているが、少年を傷め付けるような過激なものではなく、一名が右手にメリケンサックを装着していたほかは何ら凶器等は用いておらず、素手で顔や背中を殴ったり足で蹴ったりして、よってたかって少年をもてあそんでいたものであること、本件防衛行為のきっかけとなった被害者の行為も素手で殴りかかろうとしていたにすぎず、それまでの暴行と特段変わりないこと、少年は二度ほど逃げ出そうとしたことがあったが、それ以外はもっぱら防御の姿勢に終始し、大声で助けを求めたり被害者らに抵抗したりすることはなく、ナイフを取り出してからも、前にいた者の足を目掛けてナイフを突き出したほかは、格別威嚇するような行動はとっていないこと、少年が暴行を受けたのは数分間にすぎないことなどの事実が認められ、これらの事実に照らすと、少年一人に対し被害者らの数が七名と多く、被害者らは中学生とはいえ少年より体格的に勝る者もいたこと、本件現場が昼間とはいえ人通りが少ない場所であることなどの事実があっても、やにわに被害者に対しぶつかるようにしてナイフを身体の枢要部に突き刺すことは明らかに相当性を欠くものであるというべきであって、盗犯等防止法一条一項の正当防衛が成立し得ないものであることは明らかであるというべきである。刑法三六条一項の正当防衛が成立しないことももちろんである。また、関係記録をみても、原決定が正当防衛の判断に当たって具体的状況その他諸般の事情について事実誤認があるとは認められない。

論旨は理由がない。

抗告の趣意第二(処遇不当の主張)について

所論は、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定は著しく不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原決定が(処遇の理由)として認定、説示するところは正当であって是認することができる。

すなわち、記録によると、本件非行事実は、少年が、(1)金員を奪い取るあるいは脅し取る目的を持った被害者らから、集団で一方的に暴行を加えられていた際、被害者らの暴行から防衛するため、ナイフで被害者の左胸部を突き刺し、約一時間二〇分後同人を心臓刺創により失血死させた、(2)業務その他正当の理由がないのにナイフを携帯した、という事案である。(1)の非行については、そこに至る経緯は後述のとおり少年に酌むべき事情はあるものの、素手で向かってくる被害者に対し、その身体の枢要部をやにわにナイフで突き刺すのは、防衛の意図があったにせよ、余りにも過度な対応であり、被害者に対する腹立ちを考えても短絡的というほかなく、態様もよくないこと、中学生一人を死なせた結果は何といっても重大であること、(2)の非行については、(1)の殺人につながるものであって、それ自体軽視できないものであるのみならず、少年は、二年近く、通学等外出の際ほとんどナイフを携帯していたというのであって、常習性もうかがわれること、少年は、中学から高校二年まで、母親を殴るなどの家庭内暴力を引き起こしており、力でかなわない父親に対しては包丁を持ち出すこともあり、種々問題行動が見られること、少年には、性格面の偏りから、円滑な対人関係が保ちにくい、孤立しやすい、ものの見方が主観的で被害的な受け止め方をしやすい、視野が狭いなどといった面が見られ、ナイフの所持も本件殺人もこうしたことが背景としてあり、今のままでは今後も同様の事件を起こす可能性を否定できないことなどに徴すると、少年の要保護性は高く、在宅処遇にはなじまない状況が認められる。

そうすると、(1)の殺人に至ったについては、不良グループである被害者らが少年に対し金員を巻き上げる目的で集団でかつ一方的に暴行を加えたことが主たる要因であり、なかでも被害者がその中心的な人物であったのであるから、被害者にはかなりの落度があること、しかも、(1)の殺人は、未必の故意に基づくものである上、過剰防衛であること、少年は本件を反省し、少年の両親も、本件を契機に、家庭の問題性に気付き、両親の関係も修復の兆しが見られること、少年にはこれまでさしたる非行歴がないことなどの諸事情を考慮してみても、少年の健全な育成を図り、更生させるためには、少年を施設に収容して矯正教育を受けさせることが必要であるとして少年を中等少年院に送致するとした原決定の処分は正当として是認することができ、これが著しく不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、少年法三三条一項により本件抗告を棄却することにして、少年審判規則五〇条に従い主文のとおり決定する。

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